Rays and Waves

tdswordsworksによる映画・音楽・アート・書籍などのレビューや鑑賞記録。

ライ麦畑で捕まえて

夢と現実の狭間の、主人公の理屈っぽい信条を聞く。

アメリカ文学不朽の名作「ライ麦畑で捕まえて」を読み終えた。授業で「低所得層の圧倒的な支持を受け、異端からカノンになった」と教わって、気になって読んでみたんだ。

主人公は17歳の「落ちこぼれ」少年ホールデン・コールフィールド。感性で物事を考えるホールデンは、周囲とうまくいかず成績も悪くて、高校を辞めようとする。けどすごく理屈っぽい考え方をするキャラクターだ。自分の理想と現実との差に落胆して、自分の信じる感性を押し付ける。実は大人よりも子どものほうが理屈っぽいのかな。



小さな頃の世界認識と21歳の今の世界認識って、だいぶ違う。昔は、世界はもっと明るくて寛大でメルヘンだった。大きくなったら自由に幸せに暮らせる。科学技術が発展して宇宙旅行ができる。アメリカなんて隣町みたいに行ける。医療技術が発展して病気がなくなる。おいしいものを健康的に食べられる。つまり、可能性を狭めるものの存在に気づいてなかったんだ。自分の生い立ちが基盤になってて、それ以外のことに目が行ってなかったんだ。

問題の解決策はひとつとは限らない。たとえば、プロライフかプロチョイスか。生命倫理フェミニズム。たとえば、規制か規制緩和か。麻薬を規制すれば暴力団が暗躍する。たとえば、食糧不足解消か食の安全優先か。遺伝子組み換えは必要か。

小さな頃に思ってたよりも人間とその社会は不完全だった。大きくなるにつれ、可能性とともに、希望をひとつずつ失っていく。教育システムの中に組み込まれ、学力によって配分され、消費社会に投げ出され、富を分配され、体力によって制約を与えられ、世の中の慣習や時代の流れに動揺する。人の間で生きていくということの意味に気づいていく。

けれど、今の若者ってそういうことを何から教わってるんだろう。なんかその部分が欠けてる場合もあるんじゃないかって思う。個人が尊重されすぎて社会を軽んじる風潮にあって、「ライ麦畑で捕まえて」当時の「異常」が現在では「普通」になってたりする。現在の若者文化を考える上で重要なことかもしれない。


(2005/9/21「セカンド・ブリーチ」再掲)

サリンジャー氏のご冥福をお祈りします