Rays and Waves

tdswordsworksによる映画・音楽・アート・書籍などのレビューや鑑賞記録。

海炭市叙景

D


すべての映像が印象的。これは凄い。進水式も年越しそばも、ソファに横たわる老婆もその指も、焦って雪にはまった車もプラネタリウムも、営業マンの説教も布団にうずくまる子供も、路面電車運転手の手捌きも品の無いスナックのホステスも、すべてが直感的に脳裏に焼き付けられた。お互いに関わらない人物どうしの群像劇で都市を描く試みは、大抵深みが足りずに失敗する。その点この作品は、群像劇である事を忘れる程に、その事実が眼の前で起こっているかのような気にさせる程に、説得力がある。それはひとえに、カメラの眼差しが極めて真剣だからではないか。

このオムニバスストーリーはそれぞれ、ハッピーエンドでもアンハッピーエンドでもない。そこに強さがある。人間が生きていく営み、その中の苦悩、衝突、喪失、激痛、悲哀、侮蔑、情動、辛酸、衝動。あらゆる弱さの中にこそ、それでも物語を紡ぐ人間の強さが宿る。

そして、救いや笑いのないこの物語の撮影は、よくある観光映画と違ってロケ地にとって全くメリットがないにもかかわらず、地元の大勢の人たちの協力を得られたという事がまず凄い。函館という観光都市の懐の深さを見せつけた。