「素晴らしき美術史」「人間と物質」 ほか(PARASOPHIA)
PARASOPHIA: 京都国際現代芸術祭2015
京都で3月から開催されている現代芸術祭に行ってきました!
出品作家が豪華なのです。
どんなイベントか?をざっくりお知りになりたければ、↓こちら↓もどーぞ。
注目作家
Gustavo Sperodiao
個人的ハイライトは、本展がアジア初出展となるブラジルのアーティスト、Gustavo Speridiao(グシュタヴォ・シュペリジョン)
Mommy / マミー
15-023.グザヴィエ・ドラン「Mommy/マミー」(カンヌ審査員賞受賞作)
異質なものに適当な名前をつけて排除しようとする世間のカッコ悪さを華麗に批判してきた監督の真骨頂であると同時に、過去作品で磨いてきた演出センスの集大成でもある。
これまで自伝的なテーマを扱うことが多かった監督が、社会的包摂を「自由だ」と言い切った点は、ハリウッド進出宣言と受け取っても差し支え無さそう。
セッション
僕が、映画好きもしくは音楽好きのどちらか一方であったなら、この作品に対する愛憎に心を掻き毟られることなんてなかったのに。ブーイングと称賛の拍手を同時に送りたい。
僕はと言うと、どちらの意見にもすごく納得してて。
音楽好きの視点に立てば「こんなの音楽じゃねーよ、ただの暴力だバカ」と切り捨てて終わらせられる。僕たちが音楽の演奏にふつう求めるカタルシスは、この映画には期待できない。むしろ冒涜に近いとさえ言える。
けれどね、これ実は、音楽映画の仮面を嵌めたバイオレンス映画なのだわ。映画って、平面×時間の三次元にわたる膨大な説明の情報量を編集工程でいかにコントロールするかに監督の個性と能力が現れるものなので、相当の曲解があっても成立する点が、音楽と比べたときに大きく異なる。スタッフやキャストの力量によって作品の価値が高められることはある(本作のフィーバーはオスカーを獲得したJ.K.シモンズの演技に依るところも大きい)けれど、そこに問題があって致命傷になることはほとんどない。だから鑑賞者によって評価に極端なズレがあるのは当然だし、そこが面白い。
「セッション」なんてニュートラルな邦題がつけられてるけれど、原題は"WHIPLASH(鞭打ち)"。SMプレイだと思って観ると合点がいくはず。激しいプレイを終えてすっかり精根尽きたはずなのになお消化不良感が残るこの感覚は、園子温監督の「愛のむきだし」と似ている。教師と生徒が心を通わせていくヒューマンドラマなんかじゃなくて、罵り傷つけ合いながら相手の存在によって自らの歓びが存立しているということに気づく、愛と距離を置くセックス。そう捉えれば、ストーリー収拾が破綻しまくってる20代の新人監督の粗削りさなんてどうでもよくなる。
本作はサンダンス国際映画祭のグランプリ&観客賞を受賞。ここ数年のサンダンスと僕との相性は抜群にいいみたいだ。
薄氷の殺人
中華系の映画で登場人物たちの心境を示唆する象徴的な食事の風景として、よく「肉まん」が出てくるのは、どうしてなんだろう。しかも、出てくると必ず食べたくなっちゃうんだよね。今日観た「薄氷の殺人」もそうでした。帰りに成城石井で購入笑
使い古された「アル中刑事」「事件の陰に女あり」だけど、「過去にケジメをつける」ことをはっきりと話の中心に据えた潔さが奏功。清々しい終盤も堪りません。失われた大切な人に対する想いと、面前の情動の狭間で、石炭のように重々しく氷のようにひりひりするやりとりが、その放つ光の滑り具合をじりじりと変えていくような展開が秀逸でした。ベルリン国際映画祭グランプリ。
にしても、なんで国によってタイトルが全然違うんだろうな笑
原題: 白日焔火(白昼の花火)
英題: Black Coal, Thin Ice
ジャージー・ボーイズ
15-01.
新年映画始めは、キネマ旬報ベストテン2014年外国映画第1位に輝いたクリント・イーストウッド作品。上映最終日に駆け込みで観てきました。
帰り道、ウォークマンで「Can't take my eyes off you」探してみたけど椎名林檎のカバーしかなかった…。これももちろん好きなんだけど、家に帰ったらYouTubeでいろんなカバー探して、数多くのミュージシャンにカバーされ続ける名曲を楽しむことにします。