Rays and Waves

tdswordsworksによる映画・音楽・アート・書籍などのレビューや鑑賞記録。

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この映画が傑作であることを説明するために、いくつかの断りを入れなければいけない。

  • 推奨年齢は20代後半~30代

1970年前後の学生運動が丁寧に描かれているけれど、その特徴を決定付けるのは、監督が34歳の山下敦弘さん(大阪芸大卒)、つまり全共闘運動をまったく知りもしない(インタビューによれば、その政治的主張に共感できない)世代がメガホンをとった作品であるということ。当時の活動家達の思想や行動は冷めた目で客観的に描かれるだけで、理想に燃える若者が現実に打ちのめされる青春映画となっている。映画館に訪れた客にはその世代と見受けられるオジ様方もいたようだけど、はっきり言って期待された内容とは異なると思う。

  • 学生運動の時代の空気を想像しながら観ること

テーマがとっつきにくいためヒットは期待できない。超人気俳優の二枚看板を抱えながら公開初週の興行収入ランキングでTOP10にも入っていない。僕は公開5日目、鑑賞料金1000円の映画サービスデーに新宿ピカデリーで観たけど、席に余裕があった。敬遠される理由はよくわかる。時代背景を知らなかったせいで登場人物にほとんど共感できず、ブッキーとマツケンの顔だけ眺めて2時間半終わってしまった女性客は多いと思う。・・・・・経済がどんどん成長しているけれど盟主アメリカが仕掛けたベトナム戦争が泥沼化していた。大学進学率は今よりずっと低い時代、東大の学生はエリート中のエリートで、これからの国を背負って立つという気負いがあった。・・・・・そういう時代に、なぜ学生運動という出来事があったのか。それを想像しながら観る人のためにつくられた映画だと言ってよい。

  • 予告編は最悪。見てはいけない。

リンク貼っておきながら言うなよ(笑)、何も無いのもさびしいから貼っちゃったけどさ。この予告編、松山ケンイチ演じる梅山がカリスマ活動家であるかのような印象を与えるけど、完全に誤解。映画本編の序盤、討論会で梅山が見せる幼稚な言動を見て、予告編に「騙された」ことに気づいた僕は、すぐさま梅山のキャラ設定を頭の中で修正する必要に迫られた。遠藤賢一のクールなナレーションも、鑑賞後に見ると違和感しかない。客入りの悪さを見越した宣伝サイドが、とっつきにくさを払拭するために腐心したんだろうな。ピックアップされたセリフやキャストの顔アップも、本編の世界観とはかけ離れてスタイリッシュにまとめられてしまっている。


繰り返しになるけど、学生運動の時代どころか高度経済成長期の社会の雰囲気すら知らずに育った世代が観るべき映画だ。特に、閉塞感のある社会を変革したいと理想を抱きながらも、実際には何もできないでいる現実との葛藤を経験した人たちにとって、この映画はその挫折感に訴えてくるファンタジーとして捉えられるだろう。ソーシャルネットワークの広がりによって「共感」が企業と消費者を幸せにするなんて心躍らせている人たちへの警鐘もある。妻夫木演じる雑誌記者の沢田が梅山の思想に疑念を抱きながら親近感を持ったのは、映画や音楽や小説の話で意気投合したからだった。梅山が事件を起こした後の沢田のセリフが、そのまま観客に切迫感をもたらす。

「なんで俺、あいつの事信じちゃったんだろうなぁ」

主演2人の他にも、忽那汐里石橋杏奈など若手俳優は注目株ばかりで、特に中村蒼の演技はとび抜けていた。駐屯地襲撃前の梅山との会話の声色や、喫茶店の会話の間合いは絶妙だった。一方で、原作の時代設定のせいか女性の登場人物がみんな薄っぺらく描かれてしまっているのは、脚本で修正が利かなかったのだろうか。若い観客をターゲットにしているはずなのに。この短所さえなければ、この作品は文句なく傑作といえたはずだ。

ラストで沢田が見せる涙の意味は、たぶん観る人によって異なる想像をすると思う。僕は、脆く不確かなものを信じてしまった後悔と、自分も嘘をついて相手を騙す行為に手を染めてしまっていることに気づいた後ろめたさだと感じた。みんなはどうだろう。